梶井基次郎「路上」から(二)  山白有二

  ――第一章 「瞬間」とエクリチュール(下)

三、傾斜と滑落 さて、E停留所へと通ずる「その道」は、幻影的にばかりではなく、実際にも起伏に富んだ坂道である。  

 ある日曜、訪ねてきた友人と市中へ出るのでいつもの阪を登った。  

 「ここを登りつめた空地ね、あすこから富士がよく見 えたんだよ」と自分は云った。

 富士がよく見えたのも立春までであった。午前は雪に被われ陽に輝いた姿が丹沢山の上に見えていた。夕方になって陽が彼方へ傾くと、富士も丹沢山も一様の影絵を、茜の空に写すのであった。  

恵比須からほぼ南西に、直線距離で約八四㌔㍍に標高三七七六㍍の富士山が見える。その手前、恵比須から四七㌔㍍には標高一五六七㍍の丹沢山が控えている。しかしそれらが見えるのは、大気の澄んだ冬の間で、立春以降は霞んでしまう。

――吾々は「扇を倒にした形」だとか「摺鉢を伏 せたような形」だとかあまり富士の形ばかりを見過ぎている。あの広い裾野を持ち、あの高さを持った富士の容積、高まりが想像出来、その実感が持てるようになったら、どうだろう――そんなことを念じながら日に何度も富士を見たがった、冬の頃の自分の、自然に対する情熱の激しさを、今は振り返るような気持であった。  

立体的なものの立体性はその充実した容積や高さにある。富士山という膨大な量塊は広々とした裾野を有し、高さを持つ。しかし「吾々は」その平面的な「形」にこだわって、そのごつごつとした立体性を見損なっている。夕方、陽が向こうへ回ると冨士も丹沢山も、その独特の量塊と立体性を失って平べったい「一様の影絵」となり、両者の間の距離をも無差別化されてしまう。  

梶井の、立体性への嗜好をここに窺うことができるかも知れない。その嗜好は「自然に対する情熱の激しさ」を示しているのかも知れない。またこの記述の最後に、一つのエピソード=回想がなされていることにも注目しておくべきだろう。「冬の頃の自分の、自然に対する情熱の激しさを、は振り返るような気持であった」(強調引用者)。  

高く聳え立つ富士山の山肌は、広々とした裾野への全方向の傾斜を示す。しかしそれを見る者は、例えば恵比須の坂の上からという、限られた一方向からしか見ることはできない。その視像では、丹沢山が富士山の一部を隠し富士の峰が丹沢山の上に覗いて見える。二つの峰の対比によって各々の山は量塊としての独特の相貌を示す。「自然に対する情熱」とは、その独特の量塊の全「容積」を「想像」し「実感」したい、という願いである。  

しかしこの願いはパースペクティブの限界、つまり一視点から、一面的にしか見ることが出来ないという厳然とした事実によって最初から拒まれている。拒まれることによって、願いは一層掻き立てられ「情熱」となる。「そんなことを念じながら日に何度も富士を見たがった」。  

そして「今」、立春を過ぎて後はもう富士をよく見ることはできず、その「情熱」は過去のこととして、一つのエピソードへと化して行く。富士山の山肌の傾斜のように、エピソードは広々とした過去の裾野へと傾斜して行く。そして現在の瞬間=「今」は、その過去の裾野に支えられて、高々と聳え立つ。  

さて、「その道」はE駅へと続く坂道であり、近道であった。近道は往々にして不正規の裏道であり、整備もされず、通る人も少ない小径である。  

それはある雨上がりのことだった。午後で、自分は学校の帰途であった。  

E駅から、富士の見えた坂の上の平地を通り、下宿へ向かって今度は坂を下らねばならない。「自分は、雨上がりで下の赤土が軟らかくなっていることに気がついた」「自分は少し危ないぞと思った」。しかし「自分」は引き返そうとはしなかった。  

一歩を踏み出すと、案の定、「自分」は滑り転び、腕や鞄、脚や背中までも汚してしまう。滑り止まった場所は一旦平らになった踊り場のような所だった。恐る恐る立ち上がる。  

誰かがどこかで見ていやしなかったかと、自分は眼の下の人家の方を見た。それらの人家から見れば、自分は高みの舞台で一人滑稽な芸当を一生懸命やっているように見えるにちがいなかった。――誰も見ていなかった。変な気持であった。  

誰かが見ていたならば、滑り転ぶという醜態は「滑稽な芸当」として、その目を通してエピソード化されたことだろう。ちょうど「その道」を発見した瞬間に、それまでの「小心翼々」が「滑稽」へと転じたように。  

しかし、かろうじて安全を得たにもかかわらず、「自分」はそこから引き返そうとも、冷静に考え直してみようともしなかった。それどころか、  

今度はスキーのように滑り下りて見ようと思った。身体の重心さえ失わなかったら滑り切れるだろうと思った。鋲(びょう)の打っていない靴の底はずるずると赤土の上を滑りはじめた。二間(けん)余りの間である。しかしその二間余りが尽(つ)きてしまった所は高い石崖の鼻であった。その下がテニスコートの平地になっている。崖は二間、それくらいであった。  

「石崖の鼻」までに止まらなければ、「自分」はテニスコートへと飛び落ちることになる、二間(約三・六㍍)の落差は冗談ごとではない。「自分」は鋭く踏切る覚悟=心構えをする。しかし、「石垣の鼻」のざらざらした肌と靴底の摩擦=抵抗によってかろうじて止まった。  

石垣の下にはコートのローラーが転がされてあった。自分はきょとんとした。(強調原文)  

いかにも愚かしい場面である。「石垣の鼻」がザラザラしていなかったなら彼はそのまま落下し鉄製の円筒に激突していただろう。全くの偶然に救われたことになる。  

どこかで見ていた人はなかったかと、また自分は見廻 して見た。垂れ下がった曇空(くもりぞら)の下に大きな邸(やしき)の屋根が並んでいた。しかし廓寥(かくりょう)として人影はなかった。嘲笑(あざわら)っていてもいい、誰かが自分が今したことを見ていてくれたらと思った。一瞬間前の鋭い心構えが悲しいものに思い返せるのであった。  

滑落する斜面で、二度までも「自分」は、他者によるエピソード化を求めて「誰か」の目を探したことになる。が、それは果たされない。他人などこの世に存在しないかのようであり、人の住まない邸ばかりの、だだっ広い空間に虚しく囲まれているかのようである。その気持を梶井は「廓寥(かくりょう)」と呼んでいる。このような時、電車の沿道でのように生々しく「人の家の内部(なか)」が見えたならば「自分」はどれほど救われた気持になったことだろう。  

この二回目の探索では、一回目とは異なり、今や崖から転落する、という一瞬前の「鋭い心構え」が「悲しいもの」として「思い返」されている。他者の目に拠らない自発的なエピソード化=回想がひっそりと始まりつつある。しかしこの回想には致命的な困難がある。  

滑ったという今の出来事が何か夢の中の出来事だったような気がした。変に覚えていなかった。〔中略〕そんなことは起こりはしなかったと否定するものがあれば自分も信じてしまいそうな気がした。    

滑落の過程をほとんど覚えておらず、記憶の裾野によって成り立つはずの回想の聳え立ちが、つまり現在という「瞬間」が成り立たず、確たる自分が崩壊している。  

自分、自分の意識というもの、そして世界というものが焦点をはずれて泳ぎ出していくような気持に自分は捕らえられた。  

自分、意識、世界が――とは全ての事物が、ということだが――現実性を失い、薄い皮膜となってへらへらと漂い始める。それは紛れもなく目の前の現実であるのに、その重たい現実性が失われるのは何故か? それは現在が、記憶という過去を失っており、現在が「瞬間」としてそそり立つことが出来ず、「自分」という一つの観点がバラバラに崩壊してぬかるみ、雨上がりの赤土の小径のようにのっぺりと意識が平滑化しているからである。「自分」は今、滑落する傾斜面、「鋲」のない靴底そのものと化している。  

だが、それでもなお、過去の回想=エピソード化は、やはりひっそりとだが、身を擡(もた)げ始めている。身を擡げる、とは例え僅かでも、落差や起伏が生じ、現在の「瞬間」がそそり立とうとすることである。  

〔……〕泳ぎ出していくような気持に自分は捕らえられた。誰か見てはいなかったかしらと二度目あたりに見廻したときの廓寥(かくりょう)とした淋しさを自分は思い出した。 (強調引用者)

奇妙にも、この「廓寥とした淋しさ」という、ぼんやりとした気分だけは、思い出せるのである。この気分から、回想=エピソード化は始まるのであり、それはまた、泳ぎ、漂う世界のまっただ中に、鋭い鋲のような一つの観点、一つの焦点としての「自分」を新しく見出すことである。  

ぼんやりとした、またひっそりとした「廓寥とした淋しさ」は、記憶としての原本的エクリチュールである。ぼんやりし、ひっそりし、捕らえどころなく「廓寥」としているゆえにこそ、それを判然(はっきり)と「想像」し「実感」し、しっかりと保持しようとする切ない願いが身を擡げ始める。この蠢(うごめ)くような願いが、書き留めること、エクリチュールへの「情熱」である。  

帰途、書かないではいられないと、自分は何故か深く思った。それが、滑ったことを書かないではいられないという気持か、小説を書くことによってこの自己を語らないではいられないという気持か、自分には判然(はっきり)しなかった。おそらくはその両方を思っていたのだった。  

現に書かれた作品「路上」の存在が「書かないではいられないという気持」の深さと激しさを証し立てている。

「卯の花」の風情、「人の家の内部(なか)」の旅情、「その道」の滑稽、富士山への情熱、滑落後の廓寥――このような「気分」から回想は始まり、回想は直接的・即時的な記憶、原本的なエクリチュールへと収斂してゆく。  

人間は、いや全ての事物は、斜面を滑落していくが、エクリチュールはその滑落をそれとして受け止め、エピソードが照応する交差点をそそり立たせ、強靱な鋲となるように編み直す。編み直しは、滑落に対する、人間の最も深い境域からする抵抗である。最も深い境域とは、底の見えない深淵であるが、たぶん私たちはその深みを、人間の、厳然たる「自由」、と呼んで、良いであろう。 (第一章、了)

 

※作品の引用は『梶井基次郎全集全一巻』(ちくま文庫、一九八六年)に拠った。作家の伝記的事実などは『年表作家読本・梶井基次郎』(鈴木貞美編、河出書房新社、一九九五年)、その他に拠った。

【追記】本稿は『鳥取文芸』第40号(2018年12月)に掲載の「「瞬間」とエクリチュール―梶井基次郎「路上」から」を転載したものである。その際、タイトルとサブタイトルを入れ替えた。(2020年4月1日、記)